誰もが怪物~誰も怪物でない、映画「怪物」

映画
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公開から1か月半近く経った今もロングラン上映が続いている映画「怪物」。もう映画館で観た方も多いと思います。
ひと言。「静かで美しい終わり方をした作品でしたね…。」
こういう考えさせられるものは、僕は大好きです。

とはいっても、最初は安藤サクラ演じる母親・早織パートで、早織が学校側の不可解な対応に徐々にキレていく進行に、ついうっかりハマってしまったのは事実です。

(C)2023「怪物」製作委員会

「この学校、校長は話聞かないし担任は飴舐めてるし、みんな頭おかしいんじゃないの?」
と早織に感情移入してしまってイライラしました。きっとこの教師側こそが得体の知れない怪物なんだろう、と見えたのです。

ですが、中間部の永山瑛太演じる保利担任視点で同じ時間空間を見せられると、彼にとっては実に理不尽で、まるで周囲に嵌められたように見えることに同情してしまいました。依里くんの父親が我が子のことを「怪物」「豚の脳みそが入っている」とささやくのを、担任としてどう受け止めればいいのか。湊くんの母親、田中裕子演じる校長、教頭や他の教師たちからの圧力。マスコミには悪しざまに報道され、フィアンセには逃げられ、湊くんのことをどこまで信じればいいのか分からなくなり、ついには学校の屋上に裸足で立ってしまう保利。

(C)2023「怪物」製作委員会

そこに流れてきた、調子っぱずれの金管楽器の音。その時には何の音か分からなかったのですが、あれは校長と湊くんの「嘘偽りのない本音」の具現だったのですね。それが持つ力が、保利の飛び降りを制止できたのか、と後から感じました。

(C)2023「怪物」製作委員会

依里くんは、まだ変声期も迎えていない、あどけない少年に見えます。その女っぽい言動からクラスメイトたちにいじめられても、抵抗すらしません。草木の名を口ずさみつつ楽し気に山の中を散策し、山の奥に捨てられていた電車の中を飾り付け、湊くんとパンを食べたりゲームをして楽しむ、心の優しそうな子でした。
その一方で、なぜか着火ライターを常時携帯している。
「ひょっとして、冒頭のビル火災は彼がやったものなのか…?」と、強い疑惑が残りました。

依里くんと唯一仲の良い湊くんは、もう体格は中学生に見えるほど成長しています。ですがそれゆえか、心身のアンバランスに苦しんでいました。
当初はきっと、依里くんを普通の友人と思っていたのでしょう。ですが、依里くんは彼に友人以上の感情を抱いていました。依里くんに撫でられた髪を切り、より男の子らしい外見になる。依里くんに抱きしめられ、思わず突き放してしまう。

(C)2023「怪物」製作委員会

依里くんへの友情が不可解な感情=愛(でしょうか)に変わる怖さ。芽生え始めていたはずの男性性アイデンティティのほころび。父親の遺影の前で「どうして生まれてきたの」とささやいた気持ちを思うと胸が痛みます。
早織パートで突然クルマの助手席ドアを開けて飛び降りたきっかけは、母親である彼女から「普通に結婚して普通の家庭を作って…」との何気ない期待の言葉でしたね。あれは本当にタイミングが悪すぎた。担任の保利先生を悪者にでもしなければ、なぜ飛び降りたのか、その場を言い繕うことができなかった。

最後は二人とも、まるで宮沢賢治作「銀河鉄道の夜」のカムパネルラのごとく銀河の彼方へ旅立っていったのではないか、と想像しています。本当は電車は土砂崩れで埋もれていましたからね。

(C)2023「怪物」製作委員会

カンヌ国際映画祭で脚本賞とともに与えられた「クィア・パルム賞」とは、「LGBTや、自らの性自任・性指向に疑問を抱きつつ生きる人々を描く作品に贈られる最高の賞」だそうです。

それと、田中裕子はやはり怖い俳優でした。天真爛漫なキャラクターから、本作のような底知れぬ不可解な人物までも演じきれる熟練女優です。NHK朝の連続テレビ小説「おしん」の頃から知ってはいましたが。
ですがその校長も、本当は自分が孫を事故でひき殺したにもかかわらず夫にその身代わりになってもらい、社会的立場を守っていた、寂しい人間でした。
湊くんにトロンボーンの吹き方を教えつつ、ポツリと言ったひと言が忘れられませんね。

静かに流れる坂本龍一のピアノ音楽が心に沁みます。映画劇伴として彼の遺作となったため、エンドロールでは追悼の言葉が流れました。

監督:是枝裕和
脚本:坂元裕二
主演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、田中裕子ほか
音楽:坂本龍一
(第76回カンヌ国際映画祭脚本賞、クィア・パルム賞受賞)

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