すこし前のアニメですが、「アリスとテレスのまぼろし工場」をご紹介します。
Netflixでしかみられないらしいのが残念です。隠れた良作。映画館で3回も観てしまいました。
1年近くも前の作品なので、ネタバレ全開でお送りしますね。
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見伏(みふせ)という製鉄の町が舞台です。
突然、製鉄所が爆発。
それ以来、町に住む人たちは、外界から隔絶され変化することを禁じられた「まぼろし」の世界で生きることを強いられます。
廃工場から龍のごとき巨大な雲「神機狼(しんきろう)」がたちのぼっては、ときどき住民を食って消します。
なので、住民たちは、いつかは現実に変えれると信じて、間違いなくもとに戻るために「自分確認票」を定期的に書くよう義務付けられていました。
主人公は内気で絵を描くのが得意な14歳の少年、正宗(まさむね)。彼は自分確認票に「嫌いな人=クラスメイトの睦実(むつみ)」と書いては提出せずにいました。
睦実に誘われて製鉄所へ連れて行かれた正宗は、幽閉されている野生の少女、五実(いつみ)に引き合わされます。
彼女の世話をするうちに、正宗の中に変化が生じます。
『五実を外の世界に戻してやりたい』。
五実はじつは、将来産まれるはずだった正宗と睦実の子なのでした。
正宗の思いは、この変化を禁じられた世界で通じるのでしょうか…?
ブラウン管テレビ、ラジカセ、ガソリンはリッター127円、ヒット曲はKAN「愛は勝つ」、女子中学生たちはブルマーを履いている。
そんな1991年から止まったままのまぼろしの町。
五実は、現実世界からやって来たイレギュラーでした。
はじめは5歳だったのが、成長して正宗たちと同じ歳くらいまで成長しています。つまり、現実は工場の爆発以来10年ほど経っていたことが分かります。
よく「好きと嫌いは紙一重」と言います。
正宗の「嫌い」は「好き」の裏がえし。彼は睦実が気になってしょうがなかったのですね。思春期にありがち。
睦実は当初から五実が自分と正宗との間の子と知っていました。睦実もまた、正宗が気になっていたのです。
何といっても、たぶんアニメ映画史上「最長のキスシーン」が白眉。
雪が舞い散る中での、止まらない熱い熱いキス。
このまぼろしの町における「好き」「希望」とは何でしょう。
「この町で、変化は悪」。
希望や夢を抱いた人は、神機狼に飲まれ次々と消えていきます。
アリストテレスの言葉が引用されます。
「希望とは、目覚めている者が見る夢である」。
理想の生き方に目覚めたものは消される。哀しい町ですね。
EDテーマ曲「心音(しんおん)」を歌うのは、あの中島みゆきでした。しかも、この映画のための書き下ろしです。
岡田磨里監督が「当たって砕けろ」の思いで中島みゆきに依頼したところ、快諾されたとのこと。中島さんは付箋を貼るほど脚本を読み込み、「岡田様を崇拝しております」とまで言っています。
最後には、正宗と睦実たちの活躍で五実は現実世界へ返されます。ひとりぼっちになるけど、そうすることが父母のためになる、と弱い頭で理解した五実が、貨物列車に乗ってワーワー泣き崩れ…。
そして、大学生に成長した五実=沙希は、まぼろしの両親が住んでいた製鉄所跡を訪れます。イレギュラーな沙希がいなくなったことで、まぼろしの町も草ボーボーの廃墟になっていました。
父が初恋の相手。そしてもう会えない。でも、満足げな表情でじっとたたずむ。エンド。
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刺さる人には刺さる映画です。
「この世界の片隅に」などを手がけた制作会社MAPPAの、初の完全オリジナル作品。
あまり評判はよくなかったようで、Blu-rayも出ていません。
見たい方は、Netflixにてどうぞ。